1.始まった新たな制度「所有不動産記録証明制度」
相続の手続きにおいて、「亡くなった親の不動産がどこにあるのか、すべてを把握する」というのは、実は簡単そうで非常に難しい作業でした。そんな中、実務に大きな変革をもたらす新しい制度として始まったのが、「所有不動産記録証明制度」です。
法務局に対して「所有不動産記録証明書」請求することで、特定の人が名義人になっている不動産を全国の登記記録から横断的に検索し、リストとして出してもらえる。これまでは各自治体ごとに「名寄帳」を取り寄せるしかなかったことを考えると、非常に便利で画期的な制度がスタートしたといえます。
2.「名前だけで一網打尽」とはいかない現実
しかし、この制度は「ボタン一つで、その人が持つすべての不動産が完璧に炙り出される」というものではありません。利用するために、条件を設定する必要があります。「登記簿上の住所・氏名と、検索にかける条件が一致していなければヒットしない」という仕様になっているのです。
例えば、亡くなった方が過去に何度も転勤を繰り返し、そのたびに各地で不動産を購入していたとします。もし登記簿上の住所が何十年も前の古い住所のまま放置されていたら、現在の住所(亡くなった時の住所)で検索をかけても、その古い住所の不動産はリストに載ってきません。名前だけで全国の不動産を一網打尽にできるわけではない、という点には注意が必要です。
3.「どこまで調べるか」の境界線
ここで、私たち専門家にとって大きな問題が浮上します。「じゃあ、どこまで徹底的に調べるべきなのか」という境界線です。
転居履歴が数え切れないほどある方の調査を行う場合、すべての過去の住所を戸籍の附票などで洗い出し、そのすべての住所パターンで検索をかけるべきなのでしょうか。もしそれを厳密にやろうとすれば、事前の書類収集の手間はもちろん、役場や法務局に支払う手数料だけでも膨大な金額になってしまいます。
利便性の高い制度であるはずなのに、「どこまでやれば専門家として責任を果たしたと言えるのか」という新たな悩みを創り出しているのが現状の私の悩みです。
4.そもそも、なぜこの制度が作られたのか(制度目的と背景)
この制度が新設された本質を理解するために、ここでそもそもの制度目的と背景を確認しておきましょう。法務省のホームページでは、以下のように説明されています。
〇 所有不動産記録証明制度とは
令和6年4月1日からの相続登記の義務化に伴い、相続人において被相続人名義の不動産を把握しやすくすることで、相続登記の申請に当たっての当事者の手続的負担を軽減するとともに登記漏れを防止する観点から、登記官において、特定の被相続人が所有権の登記名義人として記録されている不動産について一覧的にリスト化して証明書として交付する制度のことです。
〇 背景
これまで登記記録は、土地や建物ごとに作成されており、全国の不動産から特定の人が所有権の登記名義人となっているものを抽出する仕組みは存在しませんでした。
その結果、所有権の登記名義人が死亡した場合に、その所有する不動産としてどのようなものがあるかを相続人が把握しきれず、見逃された土地について相続登記がされないまま放置されてしまう事態が少なからず生じていると指摘されていました。
つまり、新聞やニュースでもよく見かける「所有者不明土地問題」を解消することが国全体の大きなテーマなのです。
相続登記がされずに放置されると、次の世代で相続人を特定するために過分な労力が必要になります。「相続登記の義務化」も、もっと広く言えば住所や氏名が変わった際の手続である「住所等変更登記の義務化」も、すべてはこの問題を解決するための同じカテゴリーにある施策です。
5.司法書士の職責からはこう考える
この大きな法改正の流れの中にいる以上、司法書士としてはすべてを調査すべきなのでしょう。しかしながら調査には限界があるのも事実。
法務局のホームページにも、制度の限界について次のような注意書きがあります。
・ 氏名・住所等で検索する仕様上、検索結果として抽出される不動産の網羅性には限界があります。また、検索条件が一致する同名異人が所有権の登記名義人として記録されている不動産についても、抽出される場合があります。
このほかに、保存期間満了等により戸籍の附票等が発行されず、住所の変遷が判明しないというのもよくある話です。
このような限界があることを知ったうえで、それでもなお最善を尽くすことが、理想的な職責のあり方なんだろうと考えます。
6.「本音」とこれからの課題
ただ、ここで専門家として非常に悩ましい「本音」の部分をお話しします。
それは、「依頼人がそこまでの調査を希望しない時、どうすべきか」という問題です。
司法書士がどれだけこの調査の重要性を説明したとしても、依頼人から「そこまでお金と時間をかけて調べなくていいです。分かっているものだけで進めてください」と言われた場合、私たちはどのように対応するのが望ましいのでしょうか。
不動産が漏れていた場合、将来的に過料(ペナルティ)を科されたり、遺産(不動産)が放置された状態で相続を重ねた結果、名義を変えるのに非常な困難を伴うことになるリスクはあります。しかし、「そのリスクは自分が負う」と依頼者が明確に判断しているのであれば、司法書士としてはその意を汲む対応も必要なのではないか、とも思うのです。
例えば、相続人の特定については、依頼者が「必要ない」と言ったとしても、相続人に漏れがあった場合、手続きがやり直しになってしまうので、司法書士としては「承諾されないのであれば受任できません」とお伝えすべきであると考えます。
しかし、所有不動産の調査に関しては、たとえすべてが判明しなかったとしても、いま分かっている分だけで相続登記の手続きを進めること自体は可能です。
例えば自宅前の「私道の共有持分」のように、調査が容易であったり、漏らすと今後の売却や利活用に重大な影響が出る部分などについては当然調べなければなりません。しかし、そうではない不動産についてまで、司法書士がどこまで調査を「強制」していいものかどうか…。
新制度がもたらしたこの「司法書士の職責」と「依頼者の意向」の境界線については、今後の司法書士界隈の実務の取り扱い、そして議論の成熟を待つほかないのかもしれません。

